電気グルーヴのピエール瀧氏がCDJにて初音ミクのコスプレでガリガリ君を熱唱したようです
(highlandvalleyから)
電気グルーヴのピエール瀧氏がCDJにて初音ミクのコスプレでガリガリ君を熱唱したようです
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— 自覚はないのに「言い方がキツイ」「上から目線」と言われる原因と対策について考えてみた - Togetter (via fffff9)
注意しよ
(via blackwidowrus)2013-04-28
(via mmtki)(mmtkiから)
最早日記ではないことは最初に断っておこうと思う。
少し前、数少ない女友達とちょっと話したことがある。「ギャップ」についてである。昨今、ギャップのある人がモテる、などと言うが本当なのだろうかと言う話である。以下に記すのは二人の暇人のどうしようもない話を要約したどうしようもない文章である。
まず、ここで話し合うべきはやはり少女漫画などでよく見る「実は優しいヤンキー」問題である。前のページで理不尽にがり勉メガネを足蹴にしていたくせに次のページでは雨の中見つけた、捨て猫などに「お前も・・・ひとりぼっちなんだな・・・」とか言っちゃう彼である。もっと詳細に記せば、ヤンキー、態度悪い→がり勉、皮肉っぽく注意→ヤンキー、キレて暴力→ヒロイン、「やめなさいよ!」→ヤンキー、醒めて暴力をやめ、傘も差さず雨の中を帰る→ヒロイン、それに気づいて傘を持って追う→ヤンキー、「お前も・・・(以下略)」→ヒロイン、キュン♡みたいなあれである。キュンじゃねーよ!ヤンキーが殴ったがり勉だってきっと一人ぼっちだよ!あんな攻撃的な言い方しかできない不器用ながり勉に救いの手を!などと思っているうちにヒロインはヤンキーに抱きすくめられていたりする。世知辛い世の中である。がり勉は泣き寝入りである。ここで、ギャップを生かしつつがり勉寄りのストーリーにするとすれば、ヤンキー、態度悪い→がり勉、皮肉っぽく注意→ヤンキー、キレて暴力→がり勉、ヤンキーを返り討ちに、これである。ただ、これだと、がり勉が「自分が勝てるのを分かっているうえで挑発した超嫌な奴」に成り下がるため、我々としてもヤンキーを応援せざるを得なくなるうえ、この状態で負けて逃げ出したヤンキーが「お前も(以下略)」などと言いだした日には、この上なくダサいのでこのストーリーは涙を呑んで没である。何かいい案があれば教えてもらいたい。
さらに、どこまでが許せるギャップかという話が続く。かわいい系イケメンが部活中にキリッとなったり、クールビューティーが小さな子に優しかったり、メガネをはずすと美人、みたいなことはもういい。だって、良いもの、そんなの。良いということが分かっているものは本当にもういい。彼らの最大の問題はいまだに我々の前に実物が現れないこと、ただそれだけである。更に、強姦魔とかドラッグ中毒とか最早その人間を亡き者にしないことにはギャップが生まれない人間ももういい。あの人はコカインばっかり吸っていたけれど、もう死んだ、といったギャップでないと埋め合わせが効かないのが見えているからだ。我々が論じるべきはもっと微妙なラインである。サブカルをこじらせてだいぶ気持ち悪いことになっているけれど、ボード技術は素晴らしい、成田〇夢氏ぐらいのギャップである。小一時間の議論の結果我々がたどり着いた許せるギリギリのギャップは、大富豪だけど、持っている通貨が全部ペソ、と言うものであった。国際競争力の欠如のみどうにかしてほしいところである。
こんな話を数時間に渡ってできる時点でいかにくだらない人間が巷にはいるかがわかってもらえたかもしれない。そんなくだらない我々もギャップ習得をめざし日々邁進しているのである。
(highlandvalleyから)